横浜 加圧トレーニング  パーソナルトレーニング

横浜の加圧トレーニング&パーソナルトレーニング

プロフィール


鈴木やつかプロフィール

私の生い立ちや、パーソナルトレーナーで在り続ける理由を書いています。
受講をご検討の方は是非、最後までお読みいただけたら嬉しいです。

 


1984年7月4日北海道函館市生まれ。

幼少のころは食が細く、高校時代には運動を全くしない生活を送る。

激しい肩こりと風邪をひきやすい体質となり自信を失い、自分の存在意味もわからなくなる。


大学入学後、鬱々としている姿を見兼ねた母親の勧めによりフィットネスクラブのアルバイトを始める。

 

人生の先輩達が元気になることに関われる喜びからトレーナーを天職と感じ、持ち前の話しやすい雰囲気から40~50代の主婦層に人気となる。

 

19歳までに祖父母すべてが病に倒れ食生活の重要性も痛感。その後、個人指導に力を入れようと加圧トレーニングスタジオに入社。

 

体験セッションをした多くの人がリピートし、契約率No.1人気のトレーナーとなる。社内ではスタッフを取りまとめる幹部トレーナーとなるも、それまで10年で延べ3万5千人を指導した経験から加圧トレーニングだけのセッションに限界を感じる。

2015年、骨格ラインを整えるストレッチ・筋肉を鍛える加圧・栄養指導の3点にアプローチする指導をしようと一念発起し独立。

 

家族の健康の軸を握るのは女性であることに着眼。忙しく頑張る女性の「体型」と「健康」の悩みを解決する指導に定評。全国に500名以上いる大手フィットネスクラブティップネスのパーソナルトレーナーの中で売上全国トップ5に入るなど活躍を続けている。

 

 -所有資格-
・NSCA-CSCS(全米ストレングス&コンディショニング協会‐ストレングス&コンディショニングスペシャリスト)
・KAATSUJAPAN-加圧インストラクター

 

cscs資格証①加圧資格証H28

 

私がトレーナーになった理由

私は母の故郷・北海道の函館市に生まれました。

その後、半年くらいしてから父方の神奈川県横浜市に移り住んで育っています。

一人妹がいて長男です。

 

小さいころは気も小さく、食も細い子で母を困らせていたそうです。

ちなみに父は大学教授。国文学の先生で、源氏物語に関する専門書も出版しているような人。

真面目だけどカタブツではありません。

 

母は僕を生むまでは得意の英語を活かし、日本ヘラルドという映画会社で海外の映画を買い付けてくる仕事をしていました。

 

その後は専業主婦となりましたが、私たち兄妹の育児が一段落すると、英語を家で勉強し直し、通訳の資格を取り、観光案内所に勤めて訪日客をもてなす仕事をしていました。

 

自分の人生も楽しむ活発な人です。

 

そんな両親に育てられ、子供のころはよく旅行に連れて行ってもらいました。

神社仏閣や博物館・歴史館などがあるところが多く、自然に日本の文化や宗教・哲学的なものに興味を持つようになりました。

 

「樹齢千年の巨木があるあそこに行こう!」と父が言えば胸ときめいたものです。

ヘンな子供ですね(笑)

 

両親も忙しい人でしたので、そのころは祖父母に可愛がられていました。

典型的なおじいちゃんっ子・おばあちゃんっ子でしたね。

 

特に祖父は9人兄弟だったので、いつも大人に囲まれて過ごしました。

 

母方の祖父と祖父のヒザの上が特等席でした

 

父の影響もあり、本を読むことも大好きでしたが、小学校のころから運動が得意でした。

土曜日にはソフトボール。日曜日にはサッカーにあけくれる日々です。

 

ソフトボールは町内のチームでキャプテン。中学生のころはサッカー部で主将を務めていました。

この頃は一目置かれるような存在感があったかもしれません。

 

運動万能で目立っていた中学時代

 

順風満帆にいくと思いきや、ここで少し足踏みをする時代を迎えます。

思春期を迎え、ミステリー小説をよく読んでいました。

 

特に江戸川乱歩シリーズなどに、影響を受けてしまいました。

俗世間から離れた不健康なイメージがカッコよく思えてしまい、スポーツの爽やかイメージがダサく感じ始めました。

 

「なぜ自分はボールを蹴る毎日を送るのだろう」「どんな意味があるのだろう」と疑問に思うようになってしまったのです。

 

哲学用語辞典などを読むようになったのもこの頃です。

さらに、自分の存在意味もよくわからなくなりました。

 

「そもそもなぜ自分は存在するのだろう」とすら思いはじめたのです。そこで部活も辞めてしまいました。

勉強に集中できず、高校入試は失敗に終わり、第一志望校は不合格となりました。

 

1662164732-book-809887_1920-68vN-640x426-MM-100哲学書や小説を読み漁り、自分の中で葛藤していました

 

電車で1時間かかる高校に進学することになりました。

小・中学の同級生が同じ高校に進学していないので、以前の輝いていたころの僕を知る人はいません。

 

とてもミジメに感じていました。

運動もせず、なんとなく過ごす友達といっしょにいる毎日。いつも同じことを繰り返す日々です。


すると肩こりがひどくなり、風邪も頻繁にひくようになりました。次第に自信も失い、思い出すのもツライです。

 

そんな中でも思想や哲学・宗教をより深く学びたいと思い、大学は国学院大学の神道文化学部宗教文化学科に入学しました。

 

神主の息子さんたちが多く通うような学校なので、茶髪の私は浮きましたけど(笑)

 

 

自分の人生を変えた一枚のチラシ

大学に進学後、鬱々としていた私を見かねて、母が一枚の求人チラシを持ってきました。

近所のフィットネスクラブのアルバイト募集のチラシ広告です。

 

運動がもともと好きでしたし、このままの自分でいるのはイヤでしたので、やってみることにしました。

するとそこには驚くような世界が待っていたのです。

 

同じアルバイト生には、早稲田大学や法政大学の学生もいて、活き活きと仕事をしていました。

勉強も仕事も両立してキラキラしているように見えたのです。

 

その頃の私は朝から3時頃まで仕事をして、それから夜まで学校という日々を過ごしていました。

その時間にスタジオに来るお客さまは、高齢者や、40代から50代の主婦が多かったですね。

 

子供の頃からその世代の人たちに囲まれて育ったので、とても楽しい日々でした。

何が楽しいかというと、私がトレーニング指導をすると感謝してくれるのです。

 

そんな人生の先輩たちのお役に立てるなんて最高の喜びでした。

ほんとうにうれしかった・・・。

自分のすべきことが見えたときです。

 

高校時代から自分がなんのために生きているのかわからなかったので、この仕事は天職だと思いました。

スタジオレッスン・フットサル指導・スイミング指導・ジムインストラクター・子どもたちの水泳教室・・・等々なんでもやりました。

 

与えられた仕事は否応なくすべてです。

すると、プールでエアロビを踊るアクアビクスでは私が一番人気のインストラクターになりました。

格闘技エクササイズもありましたが、毎回満員御礼状態です。

 

特にダイエット指導が得意で女性に人気がありました。

カウンセリング・メニューづくり・体重測定などを綿密に行いました。

 

この頃に気づいたことがあります。

フィットネスクラブにくるお客さまには共通の悩みがあります。

 

「食事を制限してもやせない」

「運動してもスタイルがよくならない」

「ランニングなど有酸素運動しないとやせない」

「情報が多すぎて何やっていいかわからない」

 

 などです。

 

みんなそんなことを頭にかすめながらも、日々スタジオに通われているのです。

「あきらめたくない」そんな気持ちがあるのだと思います。

 

以前、私の指導を受けていた人が、こんなことをおっしゃいました。

 

「鈴木さん!昔着ていた服が着られるようになったの!うれしい!」

 

これを聞いたとき、僕もうれしく思いましたが同時に頭に浮かんだことがあります。

彼女は「いつか自分は昔着ていた服が入る体になれる」と心の底で思っていたから服を捨てなかったはず。

 

自己流トレーニングでどんなに結果がでなくても、フィットネスクラブに通い続けていたのは、叶うかどうかわからない夢を持ち続けていたからなのだと思いました。

 

みなさん、人には言えない「なりたい自分像」を持っていることを知りました

 

そこで私はひたすらお客さまの体の悩みを聞くようにしました。

ダイエットするというのはあくまで手段であり、痩せる本当の目的は他にあるはず。

 

本当はどうなりたいのか。なぜトレーニングをするのか。そんな話をひたすら聞きます。

それをキャッチしないと、どんなトレーニングをしてもらうか決められないし、早く結果を出すことができないからです。

 

5年勤めたフィットネスクラブを卒業するとき

大学を卒業してからも1年間勤務していましたが、次第にもっと個人に向けたトレーニング指導に集中したいという気持ちが芽生えました。

 

又、僕が19歳になるまでに大好きだった父・母方の祖父母すべて病に倒れてしまいました。

みな平均寿命に達する前に亡くなっています。

 

父によると、祖父は若いころ食事に全く気を使わない人だったそうです。

最後に亡くなった祖母は、高血圧に加え認知症を発症し僕のことさえもわからなくなってしまいました。

 

施設に入って7年闘病してから、息を引き取りました。

 

母方の祖父母と母方の祖父母です。生前、とても可愛がってくれました。

大学の時父方の祖母と(翌年他界)大好きだった父方の祖母です。この翌年に亡くなりました。

 

そこでトレーニングだけでは限界があると悟りました。

食事と運動による体づくりを若いときから行なわなければならないと確信したのです。

 

そこで、両方をしっかりと指導しているところを探しました。

そして私が見つけたのは、ある加圧トレーニングスタジオでした。

 

加圧トレーナーを育成し、東京・千葉・神奈川の大手スポーツクラブに派遣する会社です。

そこで本格的な個人指導を行うパーソナルトレーナーの仕事をするようになりました。

 

有名な芸能人を指導する機会などもあり、実績を積み上げました。

その頃、解剖学・生理学・栄養学を徹底的に勉強しました。

 

ケガをせずにきれいな体を作るには、「姿勢」が重要であることを知ったのもそのときです

ありがたいことにお客さまがみるみる増えました。

 

通常のトレーナーは、体験レッスンをされた方が本契約される確率が60%くらいです。

でも私が体験レッスンを指導すると80%以上の人が本契約されました。

 

全く営業っぽいことはしないのに契約率No.1の人気トレーナーになりました。

ところが、セッションを多数こなしていると私の中に新しくやりたいことが心に湧き上がってきました。

 

念願の個人指導のみできる環境でしたが、ここでは「加圧トレーナー」という縛りがありました。

会社の方針で、セッションは必ず加圧トレーニングをしなければなりません。

 

でもすべての人に、加圧トレーニングが必要とはどうしても思えませんでした。

例えば姿勢が悪い人がそのまま加圧トレーニングをすれば体を痛めてしまいます。

 

姿勢を整えてからトレーニングをすれば体つきがきれいになることがわかっていてもできないのです。

 

しかもこのときにはチーフトレーナーとして幹部になっていたため他のスタッフの管理や日々起こる問題の対応などに追われました。

 

もっとお客さまが考えている悩みや疑問に思っていることを聞きたいのに、その時間がとれないという状態が続くことになりました。

 

会社の方向性と、個人にもっと向き合いたいという私の気持ちが次第に離れ始めました。

 

会社の幹部として生きていくのか、それともトレーナーとして個人に向き合い続ける道をとるのか。

その分かれ道にきたときでした。

 

会社員時代研修 会社員時代の画像です。

 

お客さまに「徹底的に」向き合うパーソナルトレーナー誕生

2015年3月。思い切って独立することに決めました。神奈川県横浜市を拠点に、フリーのパーソナルトレーナーとなることができました。

 

大学時代から8年間、トレーナーとしての実績を積上げてきた中で、これは私にしかできないという特技があります。

 

それはフィットネスクラブに通い続けているものの、結果も出ないし、ひとりでおもしろくない、なんとなく居心地が悪いと思っているお客さまを見抜けるということです。

 

他のトレーナーはそういう人を避けがちです。

でも私は違います。

 

以前からそんなお客さまがいると積極的に声をかけていました。

自分自身が自信を失い苦しんだ高校時代があったから、そんなことができるのだと思います。

 

スタジオに通い続けて、自己流のトレーニングで結果が出ない、フィットネスクラブに居場所がないと感じ始めている人を指導したいと強く思うのです。

 

大切なのはお客さま個々が持っている体についての悩みに寄り添うことです。

なぜトレーニングをするのか。ダイエットによってどうしたいのか。

 

ご本人も気づいていないときも多いのです。

次に大切なのは姿勢と食習慣です。

 

前述しましたが、姿勢を整えてからトレーニングをしないと体を痛めてしまいます。

へんなところに筋肉がつき、きれいな体が作れません。

 

食習慣も、女性の場合、「規則正しく食べなさい」と言われても難しいときがあります。

例えば旦那さんの帰宅が遅いため夕食が遅い時間になる人もいます。

 

お子さんのお弁当を作らなければならないため、自分の体のことだけを考えたメニューにできない。

そんな事情があるのでなかなか規則正しい食事ができない人が多い。

 

だから私は、その人の事情を聞いて、それに合った食べ方をお客さまといっしょに考えます。

他のトレーナーに驚かれるのですが、お客さまひとりひとりのカルテを作っています。

 

お客さまから聞いた話を細かくカルテに書き込んでいます


トレーニング前・後の様子、趣味・悩み・トレーニンング目標・目標達成したらやりたいこと・服用薬・年齢・名前・日付・血圧・トレーニング種目・・・等々を細かく手書きで書いています。

 

又、毎週1回、「けんこう新聞」を発行しています。

体や健康、食習慣についてのうんちくを発信しています。

 

 

毎週発行している「けんこう新聞」です。
※バックナンバーはお客様のみ1号から全て無料ダウンロードできます。

 

なぜそんなことをするのか。


それは週1回の私の直接のトレーニング指導だけではなく、それ以外の時間のサポートをしたいからです。

 

それにこの新聞があればご家族も読んでくださって、健康でいられる。そんな狙いがあるのです。

ここまでするとお客さまはトレーニングする気持ちがすべて整います。

 

すると筋トレの成果が飛躍的にアップします。

気持ちの面と栄養面は、家で例えると基礎みたいなものです。

 

そしてトレーニングは基礎の上に建つ家づくりをするようなイメージです。

しっかりとした基礎があるとリバウンドすることがありません。

 

ダイエットを成功させる秘訣はそこにあるのです。

 

パーソナルトレーナーとしての信念

私の理想とする社会は、みながいつまでも健康で、楽しく長生きできる社会を作ることです。

「ピンピンコロリ」という言葉がありますがまさにそれ。

 

すべての人が息絶えるまで楽しく過ごして欲しいのです。

先ほども書きましたが、私が19歳になるまでに、大好きだった父方、母方4人の祖父母すべて病気で倒れました。

 

晩年は薬を飲み、健康を気遣っているようにも見えましたが、平均寿命まで生きられなかったのはとても悲しいことでした。

 

若い頃の不摂生がたたり、年老いてから体や健康に気をつけても間に合わない。

当時の私はその原理がよくわかりませんでした。

 

悔しくてたまらないのです。

 

そして今まで12年間、延べ3万5千人を指導して気づいたのは、家族の健康の主軸は「お母さん」、つまり女性が握っています。

 

その女性が活き活きとしていなければ私の理想とする社会にはならないのです。

 

女性がこれからの健康社会をつくる主軸だと思っています。

 

しかし家族や子供のことを優先し、自分のことを二の次にしてきたお母さんは、自分がどうありたいかという気持ちを忘れかけています。

 

「痩せたい」とひと言で言っても、なぜ痩せたいかは人によって違うはずです。

 

あるお客さまは、高齢出産ということもあり、お子さんの授業参観日に出席することをためらわれていました。

 

そこで痩せてきれいな姿で出席したいと思われたそうです。

また、あるお客さまは、リゾート地に旅行に出たときに何年も水着を着ることを我慢されていました。

 

でも着たい水着は持っている。それを着て海に入りたい。だから痩せたいということでした。

 

私はお客さまのそれぞれの気持ちに寄り添い、本当になりたい姿を実現し続けた自負があります。

 

私のセッションを通じて、女性たちが活き活きとした生活を送ってくれれば家族のみなが幸せになります。

 

今、神奈川県の横浜市で活動をしています。

 

そこに足を運んでくださる人たちに向き合い、その人たちの家族が幸せになれば、それはやがて地域全体に広がる。

 

そうなればその向こう側の社会にも広がると考えています。

 

みなが笑っていつまでも元気でいて欲しい。そう願っています。

 

長くなりましたが、以上が私のパーソナルトレーナーであり続ける理由です。

お読みいただきありがとうございました。

 

 

パーソナルトレーナー 鈴木やつか

 

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